終活を始めてみることにしました
「終活」って、もっと先のことだと思っていました。まだ元気だし、急ぐ必要なんてない。どこか遠い話のように感じていたのです。
でも最近、ふと考えることが増えました。
もしものとき、この家の中にあるものは、誰が片付けるんだろう。
そう思ったとき、終活は「いつかやること」ではなく、今の自分をラクにする準備なのかもしれない、と感じました。
とはいえ、いきなり全部は無理。だから私はこう決めました。
「思い立ったときに、ひとつだけやる」
大げさなことはしません。できることを、できる分だけ。
そんなふうに、終活を始めてみることにしました。
なぜか最初は、食器棚だった
エンディングノートを書こうか。保険の整理をしようか。
そう思っていたはずなのに、気がついたら食器棚の前に立っていました。
なぜ食器棚?
自分でもよくわからないけど、「まずここから」という気がしたのです。大事なことから逃げているわけじゃない。たぶん、順番が違うだけ。
食器棚という小さな場所が、終活の入口として目の前に現れたのでした。
食器が、入りきっていない
あれ?こんなにギュウギュウだったっけ?
よく見てみると、理由はすぐにわかりました。
- いただきものの来客用のお皿
- セールで買ったマグカップ
- 旅先で「記念に」と連れ帰った小鉢
- 趣味じゃないけど捨てづらいグラス
ひとつひとつは小さいけれど、気づかないうちに増えていく。そしてその多くが、使っていない。
「いつか使うかも」と思いながら、その“いつか”は来ないまま、場所だけを取っている。まるで、使っていない未来をずっと抱え込んでいるようでした。
手放す基準は「1年使ったかどうか」
何を残して、何を手放すか。悩みすぎると進まないので、基準はひとつに絞りました。
「この1年で使ったかどうか」
使ったものは残す。使っていないものは手放す。シンプルだけど、これが一番迷いません。
特に迷ったのが「来客用」。でも考えてみると——その来客、この1年で来た?
来ていないなら、それはもう“幻の来客”のための食器です。そのためにスペースを使い続けるのは、やめてもいいかなと思いました。
手放したら、気持ちまで軽くなった
仕分けを終えて、不要な食器を箱へ。思っていたより、ずっと多かった。
残った食器を棚に戻したとき、空気がふっと変わった気がしました。ぎゅうぎゅうだった場所に余白ができて、見た目も、気持ちもすっきりする。
そのとき、ふとよぎったんです。
もし私が突然いなくなったら、この食器棚を開けた人はどう思うだろう。
「なんでこんなにあるの?」
「これ、どうすればいいの?」
そんなふうに困らせてしまうかもしれません。
この家のものは、いつかは誰かが片付けることになる。そう思うと、「今のうちに減らしておく」という選択は、誰にとっても無関係ではない気がしました。
終活って、自分のためだけじゃない。誰かの負担を減らすための準備でもある。食器棚の前で、そんなことをしみじみ考えました。

まとめ|小さく始めれば、誰でもできる
終活というと、どうしても重く感じます。
でも実際にやってみると、食器棚ひとつなら半日で終わりました。体力もいらないし、特別な知識もいらない。
むしろ大事なのは、「どこからでもいいから始めること」でした。
後回しにしていい理由はひとつもない。でも、いきなり全部やる必要もない。
小さな片付けが、これからの自分と向き合うきっかけになる。そう思います。

次は、洋服。クローゼットを開けたら、何年も着ていない服がぎっしり詰まっていました。
続きはこちら→「終活」早めがいいと思った話|洋服を片付けてみた


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